初心と幼心を本当の意味で忘れないって難しい

「フック」って映画が、まだ子どもだった頃から好きなんですよ。
ストーリーとしては、ピーターパンがネバーランドを出て大人になった後、ネバーランドの事も忘れて、典型的な仕事人間で現実主義者なパパになっちゃっていたというところからスタートし、彼の子ども達がフック船長にさらわれちゃったから、ティンカーベルに連れられてネバーランドに行って…という展開。ネタバレしたくないので後は省略。

昔は大人になったピーターパンを見て、すごく失望した。某ウォルトさんのピーターパンをビデオで何度も何度も観て育ったからか、彼が「嫌いな大人像」そのものだったからかは分からないけれど。ともあれ、若いなりに「子どもの頃の感覚や気持ちを忘れない大人になりたい」と思ったことは覚えている。
でも、いざ大人になってしまうと、子どもだったころを忘れていない「つもり」ではあっても、実際は結構忘れていたりする。現代の子どもを見て「自分の子どもの頃はもっと◯◯だった」と思っていても、よくよく考えると無意識に「もう少し成長した後の自分」と比較していて、実際はやはり同じくらいの年頃の自分も同じくらい世間知らずだったり愚かだったりしたのだと思う。

最近、未成年被害者に対する自己責任論を読んで、ぼんやりと自分の子ども時代を思い返して、ふと「フック」を思い出した。
あの映画は「子どもの頃の気持ちを忘れるな」とは言ってるけど、「子どものままでいろ」とは言ってないんだよなぁということに、「大人」と呼ばれる年になって気付いた。
もっと早く気付いていれば、自分が大人であることの自覚がもう少しできたのだろうかと少し反省しつつ、仕事の事を思い出して「こんな大人になりたくない」と思っていた大人になってるよなぁと少し憂鬱になった。

まぁ、そんな感じ。